農兵節(ノーエ節)のふるさと

幕末、農兵隊の行進曲として広まった農兵節(ノーエ節)を紹介しよう。

♪ 富士の白雪やノーエ ♪ 
♪ 富士の白雪やノーエ ♪
♪ 富士のサイサイ 白雪や 朝日でとける ♪

♪ とけて流れて ノーエ ♪
♪ とけて さいさい 流れて 三島へそそぐ ♪

♪ 三島女郎衆は ノーエ ♪
♪ 三島 さいさい 女郎衆は御化粧が長い ♪

♪ 御化粧長けりャ ノーエ ♪
♪ 御化粧 さいさい 長けりャ お客が困る ♪

♪ お客困れば ノーエ ♪
♪ お客 さいさい 困れば 石の地蔵さん ♪

この歌は古くから馬子唄、田植え唄、盆踊り唄などで歌われていた。


農兵隊は幕末、動員力を失った幕軍、藩兵を補強するためにできたもので、伊豆韮山代官江川英龍(担庵)は文久年間(1861〜1864)に)韮山代官所管内に農兵隊(三島小隊、原小隊、吉原小隊)を組織し軍事訓練をした。


この農兵節の碑は、三島市役所内にあるが、ここは昔の三島代官所跡で、となりに農兵調練場があって軍事訓練をした。
その後農兵制度は、幕府、各藩とも採用し武器と戦術の近代化と変革をうながした。
この制度は、明治政府もとりいれ、徴兵制度になっていく。