大泥棒日本左衛門の首塚

美濃から相模の八か国で盗賊団を率いて暴れまわった日本左衛門(歌舞伎では日本駄右衛門)は金谷の生れといわれている。

日本左衛門


押し込みには5、60人の手下を使い、家族を縛り上げ金子の置き場所を案内させて強奪する手口であった。
向笠中村(磐田市)の豪農押込みでは金千両を強奪、嫁や下女に狼藉した。

訴えで江戸の火付け盗賊改め方が動き出し盗賊団を捕らえたが、頭目の日本左衛門は取り逃がした。その後、観念した日本左衛門は自首し斬首されたが愛人が首を盗み出し葬ったという。
この日本左衛門の首塚が浄土宗宅円庵にある。

日本左衛門の首塚


歌舞伎狂言「白波五人男」は、日本駄右衛門を頭目にする盗賊五人の物語で浜松屋強請り(ゆすり)、五人男の勢ぞろい、など有名な場面があるが、金谷の日本左衛門の逸話を劇化したという説がある。