酒匂川を渡り小田原の宿に着く。
ほどなく小田原の宿へはいると、町なみの両側の宿の留め女、
女「お泊りなさいませ、お泊りなさいませ」と、呼び立てる声やかましく、弥次郎はしばらく考えて、

梅漬けの名物とてや留め女 口を酸くして旅人を呼ぶ

小田原の名物の梅干しにかけている)

宿の女、
女「モシお湯がわさました。お召しなさいませ」
弥次「オイ水がわいたか。ドレはいりやしょう」
風呂場へ行ってみると、この旅篭屋の亭主は上方者とみえて、水風呂桶は、上方ではやる五右衛門風呂という風呂である。

(近江の国の草津、大津あたりから西の国はみなこの風呂である。
すべてこの風呂には蓋というものがなく、底板が上に浮いているから、それが蓋の代わりにもなって、早く湯がわく理屈である。
湯にはいるときは、底板を下に沈めてその上に乗ってはいる。
五右衛門風呂の話にリンク

弥次郎はこの風呂の勝手を知らないので、底板が浮いているのを蓋と思い込んで、何心なく取りのけて、ずっと片足を踏み込んだところが、釜の底が直にあたるから、ひどく足の裏をやけどして胆をつぶし、)

弥次「アツ、、、、、、こいつはとんだ水風呂だ」と、いろいろと考えて、これはどうして入るのかと聞くのも馬鹿らしくて、そこらを見渡すと、雪隠のそばに下駄がある。
(雪隠・・便所。たいていは家の外の庭の片隅にあって、廊下をおりて下駄をはいて行く)

こいつは面白いと、その下駄をはいて湯の中へはいり、洗っていると、喜多八が待ちかねて湯殿をのぞくと、弥次郎はゆうゆうと、浄瑠璃などうなっている。

弥次郎は湯から上がって、かの下駄を片隅に隠して、素知らぬ顔で、
弥次「サァはいらねえか」

喜多「オットしめた」と、早々に裸になり、一目散に水風呂に片足を突っ込み、
喜多「アッツ、、、、、弥次さん、弥次さん、たいへんだ。ちょつと来てくんな」
弥次「そうぞうしい。なんだ」
喜多「コレおめえ、この風呂へはどうしてはいった」
                                                              
弥次「馬鹿め、水風呂へはいるのに、別にはいりようがあるものか。まず外で金玉をよく洗って、そして足から先へ、どんぶりこっこ、すっこっこ」

喜多「ハテ面妖な」
弥次「難しいこたァねえ。初めのうち、ちっと熱いのを辛抱すると、後にはよくなる」
喜多「馬鹿ァいいなせえ。辛抱しているうちにゃア、足が真っ黒に焦げてしまわァ」

喜多八はいろいろと考えて、そこらを見回して弥次郎が隠した下駄を見つけて、ハァ読めたと心にうなづき、すぐにその下駄をはいて水風呂の中へはいり、
喜多「なるほどおめえのいうとおり、じっくり入って見るとちっとも熱くはねえ。ア、いい心持ちだ。」

 この間に、喜多八はさすがに尻が熱くなって、釜の中で立ったり座ったり、あんまり下駄で釜の底をがたがたと踏み散らしたので、ついに釜の底を踏み抜いてしまって、べったりと尻餅をつけば、湯はみんな流れてシゥシゥシゥシゥ。


喜多「ヤアイ、助け船、助け船」



 宿の亭主がこの音に驚いて、裏口から湯殿へまわって胆をつぶし、
亭主「どうなさいました」
喜多「イヤモウ命に別状はねえが、釜の底が抜けて、アイタ、、、、、」


亭主「コレハまた、どうして底が抜けました」
喜多「ツイ下駄でがたがたやったから」
 と言うのに、亭主は不思議そうに、喜多八の足を見れば下駄をはいているので、
亭主「イヤァおまいは途方もないお人だ。水風呂へ入るのに、下駄をはいて入るという事があるものでございますか。らちもないこんだ」
                       
喜多「イヤわっちも、初手は裸足で入ってみたが、あんまり熱いからさ」
亭主「イヤはや苦々しいこんだ」
と、亭主は大いに腹を立てる。

弥次郎も気の毒に思ったので、仲裁にはいり、釜の直し賃として南鐐一片を差し出すことにして、ようやくに詫びごとをして一首詠む。
 
  水風呂の釜を抜きたる科ゆえに 宿屋の亭主尻をよこした

  (南鐐…二朱銀、一両の八分の一に相当する。小型で姿のよい銀貨で枠なものとされていた)

  (男色のセックスを釜を抜く、釜を掘るというので、尻と釜は縁語になる。尻をよこしたは、抗議してくる、面倒なことを持ち込むの意味)