この間に早くも藤沢の宿に着いたので、まず宿場の外れの棒鼻の怪しげな茶店に一休みする。
(棒鼻とは宿場近くに「これより・・・の宿」と書かれた石柱のこと)
そこへ合羽を看て風呂敷を背負った六十歳あまりの親仁が、店先に立ち止まって、
親仁「モシちっとものを問いますべい。江の島へはどう行きます」

弥次「おめえ江の島へ行きなさるか。そんならコリョ真っ直ぐ行っての、遊行さまのお寺の前に橋があるから」

(遊行さまのお寺・・藤沢の清浄光寺。一遍上人の開山。時宗の総本山。)



(歴代の住職が遊行托鉢の旅に出るので遊行上人と言い、寺も遊行寺と呼ばれるようになった)

喜多「ほんに橋といゃア、たしかその橋の向こうだっけ。粋な女房のいる茶屋があったっけ」
弥次「ソレソレ去年おらが山へ行ったとき泊まった家だ。アノ女房は江戸者よ」

 (山へ行った・・・相模国大山の雨降山石尊大権現にお参りした。落語の大山参りのこと)

親仁「モシモシ、その橋からどう行きます」
弥次「その橋の向こうに鳥居があるから、そこをまっすぐに」
喜多「曲がると田んぼへおっこちやすよ」



弥次「エ、手めえ黙っていろ。ソノ道をずっと行くと、村はずれに茶屋が二軒あるところがある」

喜多「はんにそれよ。よく腐ったものを食わせる茶屋だ」

弥次「ソリヤァ手めえのいうのは右側だろう。左側の家はいいわな。」
   

親仁「そんなことよりゃア江の島へ行く道を教えてくんさい」

弥次「ほんにそうだっけ。その地蔵さまから、大福町をまっすぐに行くとの」

親仁「江の島へ行くにも、そんな町がござるか」

弥次「イヤイヤこりゃア江戸の町だっけ」

親仁「エ、この衆は、お江戸の事は聞き申さない。らちもない衆だ。ドレ先へ行って聞きますべい」と、ぶつぶつ小言をいいながら行ってしまう。

喜多「ハ、、、、」

さて、私たちも、一遍上人さんの徳にあやかるため遊行寺を参拝して、つづいては「大山参り」にいってきます。

大山参りは、ここから↑登ります。