この間に早くも馬入川(相模川)の渡しに着く。

喜多八が、ここはなんという川かと近くの人に問うと、ただ渡し場とばかり答えたのを、弥次郎が聞いて一首詠む。

     川の名を問へば渡しとばかりにて 入が馬入の人のあいさつ

  (仏教に入我我入と言うことばがあり、意味は我が悟れば人も悟る。それから転じて、みんな同じで区別がつかないの意味に使われる。これをただ渡し場とばかりで区別がつかないに、ひっかけて、川の名にもこじつけて(入が馬入)と語呂合わせした)

この川は、甲斐の国の猿橋から流れ落ちるとのこと。


やがて向こう岸に渡って、道をたどり行くほどに、ここに白旗村と言う村がある。
その昔、源義経の首が飛んできたのを祭り込めた白旗宮という社が今もあるという。
弥次郎がその話を聞いて、

   首ばかり飛んだはなしの残りけり ほんのことかはしらはたの宮

(とんでもない話と飛んだ話をかけた。)