すでにはや日も傾いて、戸塚の宿に泊まろうと急ぐ。

宿に入って喜多八も湯にはいる。
そこへ亭主が出てきて、
亭主「これは何もござりませぬが、一つ召し上がりませ」
弥次「イヤ御亭主さん、これでは迷惑だ」
亭主「イエ、時に、実はかようなことでござります。私方は今までは、ほかの商売を いたしておりましたが、こんど旅篭屋になりまして、すなわち今日が店開きでござり ます。

あなた方は初めてのお客様ゆえ、それで祝って、一つ差し上げますのでござり ますから、別に御酒代をいただくのではござりませぬ。お心おきなく召し上がってく ださりませ」

弥次「イヤそれはまずおめでたい。しかし御馳走になっては、ちかごろ気の毒だ」
亭主「ナニサご遠慮なう、いまにお吸物もできます」
弥次「イヤもうおかまいなさるな」
亭主「ハイごゆるりと」 と、いい捨てて亭主は立ってゆく。


喜多八は風呂から出てきて、
喜多「ようすは残らず、あれにて聞いた。親方、ただとはありがたえ」
と、歌舞伎役者の声色きどりでいう。

弥次「コレ洒落ずと、もういっペん湯へはいって来やれ。そのうちに、みなおれが飲 んでしまわァ」
喜多「そうだろうと思って、湯へはいっていても気になって、洗うのも本気になれね え。オヤ、足はまだ土だらけだ。ままよサア始めねえ」
弥次「もうとっくに始めていらァ。ドレもう一つ、始めなおしてから盃を差そう」
喜多「イヤ、おいらはこれだ」  と、茶碗にそそいで息もつかずにぐっぐっとやらかし
喜多「ア、いい酒だ。ときに肴は、ハ、ァ、蒲鉾も上物の白板だ、鮫じやアあんめえ。
梅酢の漬生姜に車海老、野暮じゃアねえ。コレ父っさん、この塩漬けの紫蘇の実がい っちうめえ。おめえはこればっかり食いなせえ」  

 (蒲鉾も上物の白坂だ…蒸しただけで焼かないので、板が焦げていない蒲鉾が関東風の白坂。材料に鮫を使うのは下等品。上物は白身のキスや鯛、烏賊、海老などを使う)  

 (いっちうめえ・:いちばんうまい。いっちは第一にの意味。江戸っ子が頻繁に使う言糞)

吉田大橋 広重の案内板がある

さて、江戸を立って最初の宿は、相模の国に入ったこの辺りになります。
私たちも、一休みしますか・・・・
その前に「和田光平さん」のページ「旧東海道の旅」をご覧ください。「足」で書いたページです。