弥次郎と喜多八は、十吉という男と道づれになり、途中で子供たちからすっぽんを買う。
すでにその日も夕暮れに近づき、入相の鐘かすかに響き、ようやく三島の宿に着く。
両側の旅篭屋より呼び立てる女の声々、
宿の女「お泊りなさいませ、お泊りなさいませ」
弥次「エ、引っ張るな、ここを放したら泊まるべい」
宿の女「すんならサァお泊り」
三人は旅篭屋にあがり、落ち着く。
喜多「ときに、ここにゃア飯盛と言う代物はなしかの」
宿の女「このあいだ木曾街道の追分から来た、女郎衆が二人ございます、おさみしけ
りゃアお呼びなさいませ」
弥次「こいつは面白かろう、器量は」
宿の女「とくにいいと言うのでもおざりましない。マァ十人前でおざいます」
喜多「ハ、、、、、、十人前の盛か、面白い。呼んでくんな」
  (十人前…十人並の、十人に一人くらいの、ありきたりの美人)
宿の女「すんならただいま」 と言い捨てて女は立って行く。


 やがてかの宿の女中、襖の陰からのぞいて立っている盛女を引っ張り出して、
宿の女「サァサァ来なさろ、来なさろ」
飯盛のお竹「アレハア、一人で行ぎます。そんなにしょびきなさんな」
  (しょびく=引っ張る)


飯盛のおつめ「どうせハァ、出べいとこさァ出にゃアならない。サァお竹さん、つん出なさろ」と、ようよう二人ながら出てくる。


一人は紺の木綿に、剣かたばみの紋のついたのを着て、太織縞の帯をしめ、いま一人は紅殻色の赤い糸の入った縦縞の布子に、これも帯は太織の藍色のビロード、紅木綿の湯もじをちらちらと出しかけ、黒い羅苧の長煙管を手に持って座敷にすわる。

喜多「サァサァここへ来なせい。時に女中、飯の膳は引いて酒にしやしょ」
宿の女「サァ一つあがりませ」
弥次「ドレドレ」
 と、一口飲んで下に置くと、女中は心得て飯盛のお竹にさす。
お竹「コリヤハァわしにかえ」
 と、飲む真似をして喜多八にさす。喜多八は飲んでおつめに差す。
おつめ「おたつどん、都塵外だもし」
  (お手数をかけますの挨拶)
やがて夜もふけてくる
 まもなく弥次郎の相方の女郎のお竹が入って来て、
お竹「もう横におなりやしたか。ひどく寒い晩だァもし」
弥次「もっとこっちへ寄りなせえ。なにも遠慮はねえから。ちっと話でもしなせえ」
お竹「わしらがようなもなァ、お江戸の衆にゃア、こっ恥ずかしくて、なにも語るべいこたァござなえもし」
弥次「ナニ恥ずかしいも気が強え。おめえもういくつだ」
お竹「わしゃアハァ、お月様のとしだよ」
弥次「ムムお月さまいくつ、十三七っで二十ということか、大分洒落もうまいの」

お竹「なおさら お江戸の衆にゃア、気がつまってなりましない。帯のう解きなさろ。そしてこの足さァ わしが上へのっけなさろ」
弥次「オイオイこうか、こうか」
お竹「ヤレハァ 寝づらいこんだよ。そしてえらくに後へ下がりやることよ。もっと上へつん出なさろ」
弥次「オット承知、承知」
 と、夜着をすっぽりかぶり、しばらくは無言。

はやその夜もふけゆくままに、助郷馬の鈴の音も絶えはて、背戸に鳴く犬の遠ぼえ、猪を追う鳴子の音まで、吹き送る夜嵐の身にしむばかり。
行灯の油もつきて、いつの間にか真っ暗闇。

 この時、かの藁づとに包んだままのすっぽんを床の間に置いたまま、それなりにみな忘れていたが、すっぽんはやがて藁づとを食い破り、そろそろとはい出て、そこらをごそごそと歩いている。

 十吉が目をさまして、あの音は何やらんと考えているうちに、かのすっぽんは喜多八の夜着の中へはい込むと、喜多八びっくり目をさまし、
喜多「誰だ、誰だ」
 と、頭を上げると、すっぽんはうろたえて、喜多八の胸のあたりへ駆け上がる。

喜多八キャツといって、すっぽんをひっつかんで放り投げると、すっぽんは弥次郎の類へばったり。
これもキャツと目をさまし、うろたえてひっつかみ、すっぽんに指先を食いつかれて、
弥次「アタ、、、、、」
相方のお竹も目をさまし、
お竹「ヤレうったまげた。どうしたえ」
弥次「火をともしてくれろ。アイタ、、、、、」

お竹「なんとしたえ」
 と、さぐりまわす手先がすっぽんにさわってびっくり、アンレマァと後ろへ倒れる拍子に、襖がはずれてともにばったり。
喜多八はむやみやたらに手を叩き、
喜多「真っ暗で根っからわからねえ」

お竹「おたつどん、おたつどん、最前からお客衆が手を叩かっしやる。早く灯しを持ってきなさろ」
弥次「早く、早く、アタ、、、、,」
と、やたらにうろたえ騒ぐ。
 

 この隙に、十吉は弥次郎が布団の下に入れておいた胴巻の金を盗んで、かねてこし
らえておいたとみえて、石ころを紙にくるくると包んだものとすりかえて、胴巻へ入れて、またもとのように布団の下に入れておく。


 この十吉は、道中の護摩の灰という奴で、こんなことをするのが商売なので、いつの間にか弥次郎が金を持っていることを見てとり、途中からつけてきてうまく道連れの相宿になったものである。


  (護摩の灰…もともとは坊主くずれのインチキ商人が、真言宗や天台宗の寺の祈祷で焚いた護摩の灰と称して、万病の霊薬として売り歩いたことからと言われる。後には、広くスリや詐欺などの知能犯の悪漢を言うようになった)


お竹「なんだと思ったら、すっぽんだァもし。ソリヤァ一指を水の中へ入れなさると、じっきに放して、つん逃げ申すわ」
弥次郎は駆け出して、手水鉢の中へ指をつけると、すっぽんはすぐに離れて泳ぐ。
弥次「ヤレヤレヤレ、とんだ目にあった」


喜多八はおかしさ半分で一首
 
  よねたちと寝たる側には泥亀も、はずかしいやら 指をくわえた
  (よね…遊女。すっぽんが恥ずかしがって、指に喰いついた)

 おなじく弥次郎も痛さをこらえて、

すっぽんにくわえられたる苦しさに こちゃ 石亀のじだんだをふむ
  (雁が飛べば石亀もじたんだと言うことわざがあり、飛べるはずのない亀が雁をうらやんでじたんだを踏むという、身のほど知らずをあざける意味である。このことわざにひっかけた。)