弥次郎と喜多八は、お金をとられ元気なく沼津につく。

途中、侍と道ずれになり行くほどに、奈良の坂と言う景色のよいところにきて、千本の松原で喜多八がこじつけた一首、

この景色見ては やすまにゃ 奈良の坂 いざ煙草にや 千本の松
 (やすまにや ならぬと、さあ煙草にせんに千本をかけている)

 

かの侍はこの狂歌を聞いて感心して、
侍「ヒャアできた できた。お身たちは江戸者だな」
 
弥次「さようでござります。わたしどもは前夜の泊りで、護摩の灰にとりつかれて、大いに難儀をいたします」
侍「ハァそれは近ごろ気の事じゃ。なるほど護摩の灰のさしたのは痛かろう」

喜多「イヤ護摩の灰と申すは、刺す虫の蝿ではござりません。泥棒のことでござります」

喜多「ときに旦那へちとお願いがござります。わたしども、右の淀棒にあいまして、さっぱり路用の金は盗られてしまいましたから、大いに難儀をいたします。府中まで参れば、いかようともいたしますが、それまでのところに困ります。
そこで財は身のさしかわせとやら、どうぞこれ売りとうござりますが、お買いなさって下さりませぬか」
と、腰にさげたる印伝なめしの皮の巾着を出して見せる。
  (印伝・・インド伝来の意味で、なめした鹿皮などに漆で模様をつけた皮製品。甲州印伝が名高い)

侍「ホウそれは気の毒。旅の途中で物を求めるのはいかがかとは存ずるが、お身たちの難儀とあれば、求めてつかわそう。価はなんぽじや」
 
喜多「ハイ三百文ぐらいに差し上げましょう」
侍「それは高値じゃ」
喜多「少しはおまけ申しましょう」
侍「しからばその巾着どもの価な、こうと六十文つかわそうか」
喜多「それはあんまり」
侍「六十一文つかわそうか」
喜多「もちっと高くお買いなすって下さりませ」
侍「しからば、六十二文つかわそうか」
喜多「イエどうも」


侍「さあらば、清水チゥ、舞台から飛んだと思うて、六十三文つかわすか」


喜多「こういたしましょう。丁度にお買いなさって下さりませ」

侍「ヤ、丁度はなんぽじゃ」

喜多「ハイ、丁度と申すは、百につばまりましたことを、丁度と申しますから、百文なら差し上げましょう」
  (つばまる=・きっちりとなる。丁度は端数のない十、二十、五十、百、二百などの数)


持「ム、なにか、百のことを丁度と言うか。しからば丁度に求めてつかわそう」
喜多「それは有難うござります」
 と、巾着をわたして百文を受け取り、お世辞をいう。
                                                                                    
さて懐の暖かくなった弥次さん喜多さん
弥次「喜多さんよ、寄り道して鷲頭山にお参りをするべえ」
喜多「おっと合点、あの夫婦づれについていきゃしょうぜ」→「ふたり道中山紀行」