この話にまぎれて、歩むともなしに、小諏訪、大諏訪を打ち過ぎて、ほどなく原の宿に着く。
ここで気のよい連れの西国侍と別れて、弥次郎が一首、

 まだ飯も食わず沼津を打ち過ぎて ひもじき原の宿につきたり

 (沼津を飲まず、原を腹にかける)
撮影 木内敏介

ふたりは蕎麦屋に入り一膳だけ食べる。食べ終わって

喜多「コレコレ若え衆、たびたび気の毒だが、薬を飲むから、もう一つ湯をくんな」
蕎麦屋「ハイハイ」
喜多「コレたっぶりだよ。オットよし。しかし、わしが飲む薬は、下地の入った湯でなければ利かねえから、とてものことに若え衆、下地を少しさしてくんな。
オットよしよし」
と、鮒が水を飲むようにぐっぐっと飲んで、
喜多「サァ行こう」
弥次「大分心がたしかになった」

沼津と吉原の間の浮島が原で弥次郎の一首、

今食いし 蕎麦は富士ほど山盛りにすこし心も浮島が原

  (このあたりの東海道はずっと富士山を間近に見る。浮島が原は沼津と原の間の湿地)


と、弥次郎が一首詠んで、それより新田と言う立て場にいたる。
ここは鰻が名物で、家ごとにあおぎ立てる蒲焼きの匂いに、二人は鼻をひこつかして、

 蒲焼の匂いを嗅ぐもうとましや こちら二人はうなんぎの旅

 (落語の種に、うなぎの名の由来は、首の長い鵜がうなぎを飲み込んで難儀したから〈鵜難儀)でうなぎだと言うお笑いからとったものか。それに無一文でうなぎも喰えない難儀な旅とをかける)