かくして、二人は吉原宿に着く。
松原の中ほどに、十四五の前髪の小僧が、土手をくずしてやかんをかけ、菓子などをならべて、遊びの片手間に旅人を呼び立てている。
小僧「お休みなさいませ、お休みなさいませ」
喜多「サァ弥次さん、菓子でも食わねえか」
弥次「チト休もう」
 と、土手に敷かれたうすべりの上に腰をかけて、二人ながら菓子を買って食べてやる。

喜多「小僧、この菓子はいくらづつだ」
小僧「アイ二文づつ」
弥次「五ツ食ったからいくらだ」
小僧「わしはいくらだか知りましない」
 
喜多「そんならこうと、五ツで二五の三文か。コレここにおくぞ」
弥次「ヒヤァこいつは安いもんだ。もう一ツ食おう。コリヤァいくらだ」
小僧「ソリヤァ三文」

喜多「ドレドレうめえ、うめえ。小僧、先の銭は払ったぞ。後の菓子が、四っ食ったから三の七文五分か、エイワ、五分にまけろ、まけろ」
弥次「イヤ餅もあるな」
喜多「ドレこいつはうめえ。.この餅はいくらだよ」
小僧「ソリヤァ五文取りよ」
喜多「五文づつならこうと、二人で六ツ食ったから、五六が十五文、ソレやるぞ」
  (ここまで二人はインチキ掛け算の九九で子供をだまし続けている)

 小僧はインチキに気がついたらしい。
小僧「イヤこの衆は、もう塵刧記の九九じゃア売りましない。五文づつ六ツくれなさろ」
  (塵劫記…寺小屋の算術の教科書、もう掛け算の九九では売らないと言うこと)

喜多「ヤァヤァヤァ銭があるかしらん」
小僧「ここえ出しなさろ、一ツ二ツ三ツ四ツ」
と、五文づつ一つ一つに数えて、目の子算用で、三十文をひったくられ、
  (日の子算用…算盤を使わず、目で見て勘定すること)

弥次「こいつは大笑いだ」
喜多「とんだ目にあった。サァ行こう」
と、立ち上がり四、五間も行き過ぎて、
喜多「アノ小僧は如才のねえやつだ。アノ餅がなんで五文もするものか、二文か三文の餅だろうに、高く売って、初手の損を埋めやがった」
   (如才のねえやつ…ぬかりのない奴、利口な奴)
弥次「いまいましい。いま食った餅がのどにつまった。ゲッゲッ」
 と、おかしさ半分、子供とあなどって、すぐに仕返しされたと笑いながら行く。
撮影 植原文夫
 富士川の渡し場で弥次郎兵衛が一首、
 ゆく水は 矢をいるごとく岩角に あたるを厭う富士川の舟
  (矢をいて当たると、舟が岩角にあたるとをかける)