はや日も西の山の端にちらっき、ようやく蒲原宿についた。
二人は宿はずれの木賃宿に泊まったが宿には六部(六十六か国の神仏をまわる行者)と巡礼(西国三十三か所をまわる行者)が二人いた。巡礼は親仁さんと若い娘だった。
かかる木賃泊まりのわびしさも、話の種とはいいながら、隙漏る風をしのぐ筵屏風もなく、破壁をもれる風の音、いたくもふけ行く鐘の音に目ざめて、喜多八あたりをうかがいみれば、みな旅疲れの掛け合いいびき、ゴウゴウ、スウスウ、ムニヤムニヤ、ムニヤムニヤ、

 時分はよしと喜多八、そっと起き上がってはみたが、灯りはなく真っ暗闇、そこらあたりを探りまわして、ようようとはしごに取り付き、二階へ上がってみれば、天井は竹のすのこ張りで、その上に筵を敷いてあるから、歩くとミシリミシリ鳴るのに驚いて、

やがて四つんばいになって、探りまわり、娘と思って、婆が寝ている布団の中へはい込み、そろそろとなでまわし、揺すり起こせば、婆が目をさまし、

婆「だれだ、なにをする」
と言う声に、喜多八うろたえ、さては門違えしたかと、逃げ出すひょうしに、足に竹の刺を立てて、ばったり転ぶと、竹のすのこ踏み抜いて、下へどっさりと落ちる音、ミシミシガラガラ、ストゥン。



亭主の親仁が目を差まし、
親仁「なんだなんだ」




二階の婆「なんだか知らないが、とっぴょうしもない。みんな起きなさろ、起きなさろ」



 この音に六部と巡礼の爺たちも起きあがり、
六部「どえらい音がした。灯りをつけなさろ、真っ暗くて、なんだかかんだか知れないぞ」

 と、ここに怪しいかな、喜多八が天井を踏み抜さ、下へ落ちたところが何か箱のようなものの中。
喜多八はどこだか一向にわからず、足にころころとなんだかひっかかるゆえ、探って見ると仏さまの後光である。
さては仏壇の中へ落ちたかと、苦しさの中におかしさ半分、今のうちに駆け出ようとするのに、はやも灯りをともして亭主の親仁、

親仁「なんだか、仏さまの中へ落ちたそうだ」
 と、仏壇の戸を開けば、思いがけなくも喜多八が這い出たので、胆をつぶして、

親仁「イヤこの人は」

喜多「モシ身延様へはどう参ります」
と、膝に草わらじをつけて四つん這いで行く身延山詣での乞食の真似をした。
仏壇から這い出たので、とっさに洒落のめしてごまかそうとする。


親仁「馬鹿ァいわっしやい。あんたァまあ、ナゼそけえはいらっしやつた」
喜多「イヤわっちは小便に起きたところが、ツイ戸まどいをして」

 と、言いわけをしているうち、上から婆が降りて来て、
婆「イヤイヤそうじゃござらない。わしもハァ六十になり申すが、何をすべいと思って、わしがふところへ這いこみ召さった、どこの国にそんなたわけがあるものか」

親仁「ヤァヤァあんたァ気が違いやァせぬか。わし共は二十年もこっちィ、ソンナいやらしいこたァ止めており申すに、アノ皺くちゃな婆ァがところへ這い込むと言うは、イヤはやあんたはみっともない人だ」

喜多「イェもう御免なせえ。これ弥次さん、寝たふりをしていずと起きてくんねえ」
と、揺り起こされて、弥次郎はおかしさをかくし、
弥次「どうも若え者と言うもなァ、後先の考えがござりやせん。どうぞ了見してくんなせえ」


ようやく宿の親仁の怒りも解けると、ほどなく夜が明けて、弥次郎・喜多八は早々にこの宿を立ち出て行く道すがら、
喜多「イャ面目しだいもねえ。」いまいましいがと一首詠んだ。
 
 巡礼の娘と思い忍びしは さてこそ高野六十の婆

 (高野山への巡礼と、便所のことを高野と言うのに引っかけ、小便に行くとの言い訳にもかけている。)