江尻の宿を過ぎると雨もやみ、空尻馬の鈴の音もいさましく、シャンシャンシャン
喜多「馬子どん、煙草の火をかしてくんなせえ」
馬子「アイアイ、おまいっちゃアお江戸だな。
お江戸衆は気がでかい。昨日俺が府中から江尻(清水市)まで、二百文で乗せた旦那がお江戸衆で、ええ旦那よ。
長沼(静岡市)まで来ると、その旦那がいうにゃア、江尻まで三百じゃア安いから、酒手を二百増してやろう。
その代わりに酒はこっちから買って呑ませると、小吉田の的場で、たらふく酒を振る舞いしやった。
  (小吉田の的場…静岡市の国吉田、当時は鉄砲の射撃場があったと言う)


 それから、またいわしゃるにゃア、コリヤ馬子、おぬしゃア一日馬を引いて歩んでくたびれたろう。
これから俺がおりて、おぬしをこの馬に乗せようといわっしやる。


 コリヤ ハァ何たるこんだ。俺ァ乗るこたァやァだといっても、聞かない旦那よ。

馬ァとった分で駄賃はやろうと。また二百下さった。あんなえい旦那はめったにゃアないもんだ」

  (梅の木の立場…地名も実在せず、この区間に立場もなかった。一九の勘違いとされる)
  (馬を取る…駄賃を決めて馬に乗る契約をする)

 と、話の間、この馬に乗っている旅人、馬の上にて空いびきをかいて、聞いていないふりをする。
旅人「ゴウゴウゴウ」

馬子「オイ旦那あぶない。目をさましなさろ」
 旅人起こされて目を開き、
旅人「馬がのろくて、らちがあかぬから眠気がでた。
きのう三島から乗った馬は、よい馬であった。そして馬子がとんだ気のよい男よ。
三島から沼浄へ百五十文で値をきめて乗ったところが、馬子がいうは、旦那はこんな早い馬に乗って、今に落ちようか、イヤ居眠りもならぬなどと、心づかいしていさっしやるだろう。
それが気の毒だから、駄賃はもう貰いますまいと言いおる。

清水港

それから三枚橋(沼建市)へ来ると、旦那は馬の鞍で腰が痛みましょう、ちと下りて休みなさい。
酒でもあがるなら酒手はこっちからあげましょうと、馬子のほうから百五十くれて、沼津へ来ると、先の宿まで送ってあげたいが、わしが馬は跳ねますから、ほかに馬をとって行かっしやれ。駄賃はわしが進ぜましょうと、また百五十ただくれた。
あんな気のよい馬子もないもんだ」
 と、話のうち、この馬を引く馬子、歩きながら、
馬子「ゴウゴウゴウ、ムニャムニセ」 と、空いびき。

 この馬子の話に弥次郎・喜多八も大いに面白がって、歩むともなしに府中の宿に着く。