弥次さん喜多さん府中の宿に着き、弥次さんは知り合いから借金をして、心ははや二丁町とやらに飛んでるようだ。
かねてよりきき及んだ安倍川町の遊郭へしけ込もうと、喜多八もろともそのしたくをして、宿の亭主を招き、
  (府中…駿府の町で今の静岡市。安倍川町の遊廓は町並みが二丁あったので、二丁町といった。)
弥次「モシ御亭主、わっちらァこれから、二丁町とやらへ見物に行きてえもんだが、どっちのほうだね」
亭主「安倍川のほうでござります」
喜多「遠いかね」
亭主「ここから廿四五町ばかしあります。なんなら馬でも雇ってあげましょうか」
さぁてと、甘いお話の前にちょっと、辛い話題はいかがでしょうか。
手前ぇどもが、「山葵栽培の発祥の里」をご案内いたしやす。

 

やがて、ここからか空尻馬に打ち乗って行くほどに、かの安倍川町と言うのは安倍川の弥勒の手前で、通り筋より少し引っ込んで大門があり、ここで馬をおりて廓に入ってみると、両側に軒をならべて、女郎たちが引き立てる清掻きの音もにぎわしい。

弥次「オっト決まった。サぁ上がろう」
女郎屋の若い者「コレハよくお出でなさいました。まず上へ」
あたりを見れば床の間に琴もあり、花も活けてあり、すべて江戸吉原の小見世の部屋持ち女郎のようである。ここは酒代は別にかかるとみえて、
 (部屋持ち 自分専用の部屋を持つ女郎。安女郎は相部屋で衝立で仕切る)
若い者「お酒はどういたしましょう」
喜多「酒も出してくんな」
若い者「ハイハイ。取ってあげましょう」

ニ丁町の跡地は静岡県防災センター

と、このうち弥次郎の相方、名は小笹野、上田縞の小袖、縞繻子の帯、空色縮緬の打ち掛け。
喜多八の相方、名はいさ川、縞縮緬に金モールの帯、黒縮緬の打掛け、いずれもみな もみ裏なり。
座につくと木地蝋色の煙草盆をひかえて、
  (もみ裏…紅染めの絹の裏地)
 (小笹野、いさ川…遊女の源氏名。遊女はそれぞれ部屋を持つので、源氏物語の局の女房になぞらえて、浮舟とか紅梅とか若葉とか、源氏物語の女性の名または、それに似た名をつける)

双街の記念碑

小笹野「よくおざいました」
いさ川「エ、みっともない。アノ餓鬼ゃアまだ煙草も入れないやぁ。小雨ヤぁ、小雨ヤぁ」
 (餓鬼・・・ここでは禿(かむろ)のこと。女郎の世話を焼く十二、三歳ぐらいまでの少女で、将来は女郎にされる。小雨は禿の源氏名)

弥次「サぁおめえがた、もっとこっちへよんなせえ。若え衆、洒を早く」
若い者「かしこまりました、ただいま」
と、言い捨てて行き、ほどなく杯台、銚子、硯蓋を持ち出し、お定まりの杯事もそれぞれにすんでしまい、
 (杯事・・・初めて買う女郎との結婚の真似事の儀式)
弥次「若え衆、ひとつ呑みな」
若い者「ハイ」
弥次「ソレ肴」
と、南鐐一つ祝儀にはずむ。
 (南鐐・・・二朱銀の異名で、一両の八分の一にあたる。形が良くて粋なので人気のある貨幣)
                      
いろいろあるが事が長くなるので略す。

このうち、若い者が来て、
若い者「もうお床にいたしましょう。チトあちらへ」
 と、喜多八は自分の相方女郎の部屋へ行くと、そのうち若い者が床を取って、弥次郎と喜多八、二人ながら引き別れて、しばらくまどろむ。

 かくて一睡の夢はさめて、暁の名残を惜しみ、弥次郎は床を起き出れば、喜多八も目をこすりながら起き出して、打ち連れだってはしごをおりると、女郎屋のみなみな送りに出て、あいさつもそこそこに引き別れて、伝馬町の宿をさして急いで帰ってくれば、早くも宿には朝飯の用意がととのい、膳を据えてある。
朝飯もあらましにして、やがてこの駅を打ち立ったが、いま遊郭から戻った道を真っすぐに進んで、ほどなく安倍川のほとりの弥勒というところにいたる。


二人は安倍川へ
 ここは名にしおう安倍川餅が名物なので、両側の茶屋いずれもきれいに華やかである。
茶屋女「名物餅をあがりゃアし。五文どりをあがりゃアし、あがりゃアし」
弥次「おいらはタベ、二朱が餅を食ってきたから、モウここでは食うめえ」
  (二朱が餅…タベの通り手婆と若い衆への二朱の祝儀のお返しが、五文の安倍川餅だつたこと)


喜多「そうさそうさ」と、そのうちに安倍川の川越し道に出合って、川越し人足とかけ合う。
  (川越し・・・東海道の酒匂川、興津川、安倍川、大井川の四川は、橋も渡し舟もなく、旅人は、川越し人足に、手を引かれて渡る、肩車、蓮台に乗るの三つの方法で渡った。両岸の川会所で川札を買って人足に渡してもらうのが原則だが、会所を通さずに、人足との現金でのじか取り引きで酒手をはずむ者も多かった。ここではその場合である)

 川越しの人足が声をかけて、
川越し人足「旦那衆、おのぼりかな」
弥次「オイきさまはなんだ」
人足「川越しの人足でござります。安くやるから、お頼ん申します」
喜多「いくらだ」
人足「昨日の雨で水が高いから、一人前六十四文」
喜多「そいつは高い」
人足「ホレ川をマアお見なさい」
 と、打ち連れて川ばたに出て、
弥次「なるほど、豪勢な水勢だ、コレ落とすめえよ」


人足「ナニ落とすもんか」
弥次「それでもひょつと、落としたらどうする」
人足「ハア落としたところが、たかがお前は、流れてしまはしゃるだけのことだ」
弥次「エ、流れてたまるものか。イヤもう来たぞ来たぞ。ヤレヤレご苦労ご苦労」
 と、肩車よリおりて賃銭をやリ、
弥次「ソレ別に酒手が十六文ヅツ」
人足「ヘイこれは御機嫌よう」
 と、川越し人足はすぐに川上の浅いところを渡って帰る。

喜多「アレ弥次さん見ねえ、おいらをば深い所を渡して、六十四文づつふんだくりゃがった」

川ごしの肩車にてわれわれを 深いところへ引きまわしたり