二人は、ほどなく丸子の宿(静岡市)にいたる。
 ここで昼飯にしようと茶屋へ入り、
喜多 「コレ、飯を食おうか。ここはとろろ汁が名物だの」
弥次「そうよ、モシ御亭主、とろろ汁はありやすか」
亭主「ヘイ、今出来ず」
弥次「ナニ出来ねえか。しまった」
亭主「ヘイじっきにこしらえずに、ちいと待ちなさろ」
 と、にわかに芋の皮もむかずに、さっさっとおろしにかかり、
亭主「おなベヤノ、おなベヤノ、この忙しいになにをしている。ちょっくりこい、ちょっくりこい」

 と、けわしく呼び立てると、裏口から小言をいいながら来るのは、女房とみえ、髪はおどろおどろに振りかぶったのが、背中に乳飲み子を背負い、藁ぞうりを引きずって来て、


女房「ソレお前、すりこぎがさかさまだ」
亭主「かまうな。おれが事より、うぬがソリャア海苔がこげらァ」

女房「ヤレヤレやかましい人だ。このまた餓鬼ゃァ、おんなじように吠えらァ」

亭主「コリャすりばちをつかまえてくれろ。エヽそう持っちゃァすられないハ、手におえないひょうたくれめ」
  (ひょうたくれ‥‥馬鹿もん)


女房「ナニあんたがひょうたくれだ」
亭主「イヤこの阿魔ァ」
 と、すりこぎで一つ食らわせると、女房はやっきになって、
女房「コノ野郎めハァ」
 と、すりばちを取って投げると、そこらあたりへとろろがこぽれる。
亭主「ヒャァ、うぬ」
 と、すりこぎを振り回して立ちかかったが、とろろ汁に滑ってどっさりところぶ。

女房「アンタに負けているもんか」
 と、つかみかかつたが、これもとろろ汁に滑りこける。向かいの家のお神さんが駆けて来て、

お神「ヤレチャまた、みっともないいさかいか。マァしずまりなさろ」
  (いさかい…喧嘩)
 と、両方をなだめにかかり、これも滑ってころんで、
お神「コリャハイ、なんたるこんだ」
 と、三人がからだ中、とろろだらけにぬるぬるになって、あっちへ滑り、こつちへころんで大騒ぎ。

弥次喜多の二人は、おかしさをこらえて先を急ぐ。

 それより宇津の山にさしかかったが、雨はしだいに篠を乱すように降りしきり蔦の細道を心細くも杖をちからに十団子の茶屋に近くなって、弥次郎思わず坂道に滑りころげたので

  (蔦の細道…古代の東海道の面影を残す峠道で、伊勢物語以来の歌枕になっている。静岡市と岡部町の間の宇津の谷峠の古道)

 降りしきる雨やあられの十団子 ころげて腰をうつの山道

 (十団子は小さな団子十個串にさした峠の茶屋の名物。あられ、団子がころげる、腰をうつ、宇津の谷、の縁語と語呂あわせ)