藤枝宿の入り口で、田舎の親仁、馬のはねたのに驚いて、逃げるひょうしに喜多八に突き当たる。
                                            喜多八は水溜りのなかにころげ落ちて、かんかんに怒って熱くなる。

喜多「コノ親仁め、まなこが見えねえか、寒烏の黒焼でも食らやァがれ」
 (寒烏の黒焼…のぽせ、眼病、女の血の道の病、子供の癇の病などに利くと言うが、ここでは、のぼせの薬にしろと言うこと。喧嘩で相手を罵倒するときによく使う)


親仁「コリャハイご免なさい」

喜多「ヤイご免なさいじゃァすまねえわえ。コレ野郎は小粒でも、ぎやッというから金の鯱をにらんで、産湯から水道の水を浴びた男だ」
 (江戸っ子の代表的な啖呵、山椒は小粒でもピリリと辛い、ぎやッとは産声、金の鯱は江戸城の天守閣の金の鯱ほこ、水道は多摩川から引いた神田上水。つまり江戸の真ん中で生まれたパリパリの江戸っ子)

親仁「インネハイ、水を浴びたならようござるが、そなたのこけたところは、馬の小便たまりだもし」

喜多「エヽその小便のたまったところへ、なぜつっこかしゃァがったえ」

弥次郎兵衛、見かねて仲裁に入ると親仁は不満そうに行ってしまう。
二人は、瀬戸川を越え、それより志太村の大木の橋を渡り、瀬戸と言うところにいたる。

ここは馬を替える立場で、梔子(くちなし)の実で黄色く染めた染飯という強飯が名物である。

  焼き物の名にあう瀬戸の名物はさてこそ米も染め付けにして

(染飯は、糯米の強飯を梔子の実で染めて、すり潰して小判形に薄くして乾燥させた保存食品)

染飯茶屋の跡

 さて、この町はずれの茶屋に、さっき喜多八と喧嘩した田舎親仁が休んでいたが、二人を見つけて声をかける。

親仁「ヤレヤレ、さっきゃァ無礼をしました。わしもハィ、実のところは、一杯飲んだ元気で、ひどい事もいい申したが、あんた方がァ料簡をしてくれさったから、へこたれずに帰村ノゥしますわな。マァなんでも、礼に酒ゥ一つ進ぜましょう。ここへ寄らっしゃいまし」

弥次「ナニわっちらァ、酒も飲んで来やした」
親仁「アレマァ、せっかくわしが思いだァのし、ぜひ一ツよからずに。コリャコリャご亭主の、味よい酒ゥ出さっしゃいまし」
喜多「イヤおこころざしはかたじけないが、サァ弥次さん行こう」
親仁「ハテコリャ情のこわい人だヤァ、じっきにやらずに、ちょっくり寄ってくれされやァ」
 (じっきにやらずに…すぐにお詫びの席を作るから)


 と、無理に弥次郎と喜多八の手をとって引きずり込む。二人も飲める口だから、酒と聞いて、少し心を引かれて、
弥次「いいわ喜多八、一杯やらかそう。しかし親仁さん、おめえのごちそうじゃァ気の毒だ」


親仁「たんと飲んでくれさっしゃい。そなたァわしがためにゃァ命の親だ。よくさっきは料簡ノゥしてくれさったのし」
喜多「イヤわっちも、ツイ虫のいどころがわるくて、言い過ごした。まっぴら御免」
弥次「そこは旦那どんも野暮じゃァねえ。モシ、こいつはどうせ味噌べったり焼生姜と言う男だから性根はないのものさ」

 さすがにずうずうしい二人も、少しは親仁が気の毒になって、膳のものも食ってしまうと、親仁が小便に立って行く

喜多「ホンニ長い雪隠だ。モシ姐さん、ここにいた爺さまはどけえ行ったの」
女中「たしかおもてのほうへ」
弥次「ハテノ、こいつはどうかな、へんちきだわえ」
 (へんちき‥へんてこ、おかしい、変だぞ)
 と、待てども待てども、この親仁はどこへ行ったか、いっこうに帰らない。雪隠を探してもゆくえが知れない。


喜多「モシ姐さん、今の親仁が、ここの飲み食いの払いをして行ったか」

女「イヽエまだいただきませぬ」

弥次「ヤァヤァヤァ」
喜多「一杯くわせやがったな。追っかけて、ぶちのめそう」
 と、飛んで出てみたが、どっちへ行ったやら、いっこうに雲をつかむようで、ことに親仁は近在の者だから、勝手知った脇道にでも入ったらしく、さらにゆくえが知れない。

弥次「そう言っても、気の利いた乙な親仁だ。コウ喜多八、手めえの顔で一首浮かんだ」

 御馳走と思いの外の始末にて 腹もふくれて面もふくれた

 (御馳走で腹もふくれたが、だまされてふくれっ面になったと言うだけの趣向)