日坂の駅にいたるころ、雨は次第に強くなってきた。
旅篭屋の婆「この雨じゃア行かれましない。泊らつしゃりませ」
喜多「イヤこりゃ泊りたくなった。弥次さん見ねえ。奥にたぼが泊まっている」
 (たぼ…遊女でない素人女、たぼは髪の後に突き出たところのこと)

弥次「オヤドレドレ、こいつは話せるわえ」

弥次「時に女中、奥の客人は女ばかりだが、ありゃアなんだ」
女「みんな巫子(いちこ)でおざりまさァ」
 (巫子 いちこ、いたこ、梓みこ などと言う、人の霊魂を呪術や神がかりで呼び出す霊媒女。古代から各地にいろいろな種類があって職業化している。放浪する巫子は半ば売春婦になっていた)

喜多「なに巫子だ。コリヤ面白え。ちと生口を寄せてもらいてえもんだ」
弥次「そんなら聞いてみてくんな。おいらの死んだ山の神を口寄せしてもらおう」
喜多「コリヤおかしい」
と、この間に食事もすみ、女中は奥の間へ行って、巫子に聞き合わす。


巫子は承知したというので、弥次郎と喜多八の二人が、奥の間へ入って頼み込む。
弥次郎兵衝は、過ぎ去った昔に死に別れた女房のことを思い出しながら、しきみの葉に水をつけて振ると、巫子はまず神下ろしを始める。

巫子「そもそも慎み敬って申し奉るには、上に梵天帝釈、四大天王、下界にいたれば閻魔法王・・・・・・・(霊を呼び出す呪文で難解のため略す)・・・・・・ ヤァレハァなつかしや、なつかしや。よく水を向けて下さった。」

弥次「おめえ誰だ。わからねえ」

そこへ死んだ女房の霊が現れて、
巫子に付いた亡妻の霊「わしゃア、そなたの枕添いの女房じゃ。そなたのような、意気地なしに連れ添って、わしゃ一生食うや食わず、寒くなっても袷一枚着せてくれたことは無し。ア、うらほしや、うらほしや」
 
 (うらほしや・・・・生別に寒中でも単物で寒がったので、着物の裏地が欲しいと言うのと、恨めしやを語呂合わせした)


弥次「堪忍してくれ、おれもその時分は貧乏で、可哀相におめえを、苦労の末に死なせてしまったが、心残りが多い」
喜多「オヤ弥次さん、おめえ泣くか。ハ、、、、。こいつは鬼の眼に涙だ」

弥次「もうもう言ってくれるな。胸が裂けるようだ」
巫子に付いた亡妻の霊「それに、わしが娘の時に奉公して、せっかく貯めた着物まで、みんな質において流してなくしたのがくやしい。」

弥次「もっともだ。もっともだ」
巫子に付いた亡妻の霊「そのつらい目に会いながら、草葉の蔭でそなたのことを、片時も忘れぬ。どうぞそなたも早く冥途へ来て下され。
やがてわしが迎えにきましょうか」
弥次「ヤァレとんだことを言う。遠い所を、かならず迎えに来るにゃアおよばぬ」

巫子に付いた亡妻の霊「そんなら、わしが願いをかなえて下され」
弥次「オオなんなりと、なんなりと」
巫子に付いた亡妻の霊「この巫子どのへ、お銭をたんとやらしゃりませ」
弥次「オオやるとも、やるとも」
巫子に付いた亡妻の霊「ア、名残惜しや。語りたいこと、問いたいこと、数限りはつきせねど、冥途の使いしげければ、弥陀の浄土へ」
  (これは、口寄せの巫子が神がかりから正気に戻るときの決まり文句)
と、うつむいて巫子は梓の弓をしまう。、
弥次さんは巫子に鳥目をはずんで渡す。