「ほどなく、袋井の宿にはいる。両側の茶屋にぎわしく、往来の旅人おのおの酒を飲み、食事などしているのを弥次郎兵衛は見て、また一首、

 ここに来て 行き来の腹やふくれけん されば布袋の袋井の茶屋
 (腹がふくれる、布袋和尚、地名の袋井と縁語でつないだ趣向)
袋井の松並木

この宿はずれから、上方者と見えて、桟留縞の布子に銀拵えの脇差、花色羅紗の装束をかけた合羽という、金持ちの商人らしいぜいたくな身形の男が、供の者一人を連れて、後になり先になりして行く。
その男が、
上方者「モシお前方はお江戸じゃな」
弥次「さようさ」
上方者「わしも毎年お江戸へ下る者じやが、お江戸とは大層繁盛なとこじゃわいの。
アノ吉原へもちょこちょこ誘われて、昼三と言う女郎を買うたが、なんばかかったやら、こちゃ知らんが、お前方も、さだめて買いなさるじゃろうが、アリヤなんぼはどかかるぞいな」

 (昼三は当時の吉原は高級な遊女、揚代が昼遊び三分と言うことから始まったが、昼三のいる店は、多くの遊女を抱えて格式のある大見世に限られる。小人数の安い遊女しか抱えていない店を小見世という)
 
弥次「わっちも女郎買いでは、地面の五個所や十個所の財産を無くした者だが、ナニ昼三ぐらいはわずかなことさ。マァ平の昼三なら、夜だけの片じまいで一分二朱、それに茶屋代が一分か、芸者が−組でまた一分。」
おいらん人形
二川宿本陣資料館蔵(豊橋市)

上方者「そして上方では、女郎の店はみなツケ払いで借りてもどるが、お江戸の女郎はみな現金払いじゃそうな」
弥次「ナニサあそこでも、付き馬を連れて帰りさえすりゃア、いくらでも貸してよこしやす」

上方者「ハ、、、、、コリヤお前は、大見世の客じゃないわいの。その付き馬とやら言うことは、わしらが店の職人衆の話で聞いていますが、昼三買いにそんなことは、ありゃせんわいな」
(付き馬・・・付け馬。店の者が、帰る客の自宅までついてきて代金を取ること)
弥次「なくってさ、ほんにわっちらァ、尻に吉原通いの四ツ手駕篭のたこが出来たほど、通ったものだ。ナニねえことを言いやしょう」

(四ツ手駕篭…竹四本で組み立てた軽い駕篭。威勢良く飛ばすので、吉原通いには粋なものとされた) 

上方者「ハ、、、、、、イヤお前方は、とんとやくたいな衆じゃわいな」
弥次「エ、やくたいでも、悪態でも、うっちゃつておきゃアがれ。
よくつゃべる野郎だ」

上方者「ハァこりゃご免なさい。ドレお先へまいろう」
 と、そうそうに挨拶して、足早に行ってしまう。