ほどなく二川の駅に着く。
ここでは、家ことに強飯を商っている。
 名物は言はねど しるき強飯や これ重箱のふた川の宿

 (二川の名物は言われなくとも強飯とわかる。宿場の名が重箱の蓋〈ニ川なのだからの意味。この強飯は、糯米を混ぜた米に小豆などを加えて蒸した飯)

後から、比丘尼(びくに)が三人づれで、指につけた竹の管を鳴らして唄いながら来る。
 (比丘尼 本来は女性の出家者の尼のことだが、ここでは、頭を剃って尼の姿になって、道中の旅人を客にする売春婦である。)

 比丘尼の唄
身をやつす賎が思いを (身もやつれる私の恋心を)
夢ほどさまに 知らせたや (想うお方に知らせたい)
えいそりゃ (はやしの掛け声)
夢ほどさまに 知らせたや (想うお方に知らせたい)
サァサ さんがらえ さんがらえ  (はやしの掛け声)
  
喜多「あざやかな声がする」と、ふりかえり、

喜多「ヒヤア 比丘尼だ、比丘尼だ。」
喜多「ヤアヤアこいつは、まんざらでもねエ。弥次さん見ねえ。こちらの比丘尼がおれを見て、アレ こにこと愛敬がこぼれるようだ。畜生め」
弥次「愛敬がいいんじやアねえ。アリヤア顔にしまりがねえのだわ」

 と、この間に、後になり先になりして行く比丘尼は、1人はまだ年も廿二三、いま1人は年増、十一二の小比丘尼が1人との三人づれ。

その中の若い比丘尼が喜多八のそばへよって来て、
比丘尼「モシあなた、火はおざりませぬか」
喜多「アイアイ。いま打ってあげましょう」と、火打ち石を取り出して、カチカチカチ。

喜多「サア 煙草に火をつけておあがり。時にお前がた、どこへ行きなさる」
比丘尼「名古屋のほうへまいります」
喜多「今夜一緒に泊りてえの。なんと赤坂まで行きなせえ。一緒にしやしょう」

比丘尼「それは有難うおざります。モシどうぞお多葉粉(煙草)を一服下さりませ。とんと買うのを忘れました」
喜多「サアサア 煙草入れを出しな。みんなあげよう」

喜多「早く一緒に泊りてえ。弥次さん、この先の宿へもう泊まろうじやァねえか」
弥次「馬鹿ァぬかせ。」
と、小言をいいながら行くうちに、火打坂を過ぎて二軒茶星に着くと ここカら比丘尼たちは 脇道にはいる。

喜多「コレコレおめえたちやア、どこへ行く。そっちじやアあるめえ」

比丘尼「ハイこれからお別れ申します。わたしどもは、この在所の田舎へ回ってまいりますから」
と、野道をさっさと行ってしまう。

喜多八はただあきれて見送るばかり。