それより有松に来て見ると、ここは名にしおう絞り染めが名物。いろいろな絞り染めの生地を家ごとに吊して商っている。
両側の店から、旅人を見かけると、
店の者「おはいり、おはいり、あなたおはいり。名物有松絞りをおめしなされ。サアサア これへ、これへ。おはいり、おはいり」
弥次「エ、やかましい奴らだ」
  ほしいもの有松絞りよ 人の身の あぶら絞りし金にかえても
 (人の身の汗と油を絞って稼いだ金に替えても、欲しいものは有松の絞り染だ。)
有松・鳴海絞会館

喜多「ナント弥次さん。浴衣でも買わねえか」
弥次「思いっきり値切り倒してやろうじやァねえか」
喜多「よかろう。たんと買うような面をして、慰んでやろう」
 と、あちこち見回すうち、この町のとっぱずれに、小店だが染め生地を表通りにいろいろ吊してあるのを見つけて家の中に入り、
弥次「コレこの絞りはいくらします」
というと、この家の亭主と見えて、誰かと将棋をさしていたが、夢中になってお客に気がつかない。

亭主「サァしまった。時にお手はなんじゃいな」
 と、将棋の相手に手の内の持ち駒を聞いている。
弥次「コレサ。いくらだというに」
 と、すこし声高にいうと、やっと気がついた亭主は胆をつぶして、
亭主「ハイハイ。それかな」
弥次「いくら、いくら」
亭主「コウト。あなたはいくらだとおっしやる。そこでこの将棟、次の手はかようにいたそうかい」
有松・鳴海絞り

弥次「エ、小じれってえ。コレ売らねえのか。値段はいくらだというに」


亭主「ハテさてやかましい人じゃ。そちらのはうへ引っ返して、布についている符丁を見なされ。そこに値段がつけてあるが、素人衆にはただは知れるものじやァないわいの。こちらに見せなせえ」


(符丁.売り物の布の瑞に付けてある値段を書いた紙切。隠語の記号で書いてあるから、お客にはわからない)

「こいつはとんだ商人だ。符丁にウの字とエの字が書いてある」
「オ、そうじゃろう。それはコウト、一尺が三分五厘の値段の布じゃ」
(布の長さ一尺について銀で三分五厘というこ。上方では銀貨が広く通用していた)

「高い高い。負けなせえ」
「ナニ負け。イや負けまい。このへボ将棋とて」
(値段を負けないと将棋に負けないとの両方にかけている)

将棋に夢中だった亭主は、ここでハッと気づいて、早々に将棟をやめて、
亭主「ヘイヘイこれは粗相をいたしました。なんなと負けてあげましょうから、おめし下されませ」

喜多「そういいなさりやァ、しこたま買ってあげやすは。
弥次さん、おめえ、お袋さんやお神さんへの土産には、あれがよかろう。いくらだの」
亭主「ヘイ銀十四匁八分でおます」

豪華な絞りの作品

弥次「ソレそっちのは」
亭主「これは十五匁」
弥次「もっといいのはねえのか」L
亭主「ありますとも。ヘイこれがなァ廿一匁ヅツ、こちらが廿二匁、下のが十九匁ヅツでおざります」

弥次「もっとこれよりいいのがほしい」
亭主「イヤもうみんな、このようなものでおざります」

弥次「ム、そんなら大事にしまっておきな。誰ぞが買いやしょう。わっちやァ一番初て手に見ておいた、この三分ぎれを、手ぬぐい分だけ切っておくんなせえ」 と、一尺の値段が銀三分の布を、手ぬぐいの長さの二尺五寸だけ買うという意地の悪い注文をする。
亭主「ヘイさようかな」
と、胆をつぶして、布地を二尺五寸に切ってよこす。

弥次郎はこの代金を払って店を出る。
弥次「とんだ奴らだ。人を薄馬鹿の三太郎にしようとしやァがって、だが、胆をつぶしたな。
ハ、、、、。時にだいぶ道草をした。ちっと急いで行くとしよ。」
と、これよりすこし道を急いで、早くも鳴海の宿に着いた。