すでに夜もすっかり更けて、みなみなようやく一睡の夢を結ぶ。暁の風が樹木を鳴らし、浪の音が枕に響いて、つき出す鐘に驚いて、目ざめて見れば、早くも明け方の烏の鳴く声。
烏「カァカァカァ」
馬「ヒインヒイン」
 長持人足の唄
 坂はなァ 照る照るナァエ
 鈴鹿は曇る ナァンアェ
 とっこい どっこい
 (坂は照る照る鈴鹿は曇る、間の土山雨が降る。東海道の馬子唄でもっともよく知られた句)

出船を呼ぶ声「船が出るヤァイ、ヤァイ」
 (宮の宿から桑名の宿まで海上七里の渡し船)

宮の渡し


宿屋の亭主、
亭主「おしたくはようおざりますか。船の乗り場へご案内いたしましょ」

弥次「アイお世話になりやした」
 と、いとまごいして船の乗り場へ行く。亭主はここまで送って来て、
亭主「船頭衆、お二人さまじゃ。頼みますぞ」

弥次「時に忘れた。ご亭主さん。タベお約束した小便の竹の筒は」
亭主「ホンニちゃんと切らせておきました。ドリャ取ってまいりましょかい」
 と、亭主はかの竹の筒を取りに帰る。

この渡し船は、桑名まで七里の海上、渡し賃は一人前四十五文ヅツ。そのほか荷駄、乗り物みなそれぞれに渡し賃を払って船に乗る。

亭主が竹の筒を持って来て、
亭主「サァサァお客さま。そこへ投げますぞ」
喜多「なんだ火吹竹か」

弥次「これをあてがってナ、コゥッとやらかすのだ。よしよし。イヤご亭主さん、大きにお世話さま。サァこれで大丈夫だ。ハヽヽヽヽヽ」

熱田湊常夜灯


おのづから祈らずとても神います 宮の渡しは浪風もなし
 (宮の渡し船はお祈りをせずとも、熱田大神宮の神様の霊験で浪風も立たない)

 このように祝いの歌を詠めば、乗り合いのみなみなも勇み立ち、やがて船を乗り出して、順風に帆を上げて、海上を走ること矢のごとくである。

しかし浪も静かで海は平らか、船中みな思い思いに雑談を楽しみ、あごの掛け金もはずれるほどに、大声で笑いののしりながら船旅を楽しむ。そこへ、あちこちから漕ぎ寄せる何艘もの小商いの小舟から、渡しの大船に声をかける。

商い舟一「酒飲まっせんかいな」
同じく二「名物の蒲焼きの焼きたて」
同じく三「団子はよいかな」
同じく四「奈良漬けで飯食わっせんかいな」

 そのうちに船は早くも桑名の港の岸に着いた。

皆々「来たぞ、来たぞ。船はつつがなく桑名に着いた。めでたい、めでたい」
と、皆々ここから陸に上がって、桑名の宿によろこびの酒をくみかわした。