七里の海の渡しの浪ゆたかにして、往来の渡し船の難儀もなく、桑名に着いた。

 <流行り唄>
 時雨蛤土産にさんせ
 宮のお亀が情けどこ
 ヤレコリャ
 よオし よオし よし

 
(時雨蛤:桑名の名物料理の焼き蛤ではなく、蛤の剥き身を濃い醤油で煮込んだつくだに風のもの)

桑名の水郷

焼き蛤屋の女「おはいりなさいまァせ。諸白もお飯もござりまァす。お食事なさりまァせ。お食事なさりまァせ」

弥次「時に蛤は」
女中「ハイハイ。ただいまあげます」
 と、大皿に焼き蛤を積み重ねて出し、飯を二膳持ってきて据える。

喜多「コレ弥次さん、見なせえ。色男は違ったもんだろう。コレコレここの娘が、おめえの飯はちっとしか盛らないが、おれのはこのとおり山盛り、まるで餓鬼道の一里塚と言うもんだ。アヽうめえ、うめえ」

弥次「へヽヽべらぼうめ、あの娘が杓子あたりのいいのを、惚れたのだと嬉しがるのもおかしい。ソリャァ手めえを安く見たからだ」
 (杓子あたりのいい…飯の盛りようがたっぷりなこと)

弥次「ハヽヽヽ。蛤をもっとくんなせえ」
女中「ハイハイ」
 また焼きたての蛤を大皿に盛って来る。

弥次「おまえの蛤なら、なおうまかろう」
 と、女の尻をちょいとつまむ。

女中「オホヽヽヽ。旦那さまはようほたえてじゃ」
  (ほたえて‥ふざける、おどける)

喜多「おれもほたえよう」
 と、同じく尻をつねりにかかる。

女中「コレよさんせ。好かぬ人さんじゃ」

喜多「どうでも、おいらを安く見やァがる」
と、ぶつぶつ小言をいううち、あたりの寺の鐘がゴオン、

と、荷物を突きつけるのを、突っ返すはずみに、焼き蛤の大皿をひっくり返す。


そのひょうしに焼けた蛤の熱いやつが弥次郎のふところへひょいと飛び込む。

弥次「アッツヽヽヽヽ、蛤の汁がこぼれてアッツヽヽヽヽ」

喜多「ドレドレ」
 と、弥次郎のふところへ手を入れて蛤をつかむと、これも、

喜多「アッツヽヽヽヽヽ」
 と、取り落として、姶は弥次郎のへその下まで落ちてしまう。

弥次「アヽヽ、アッツヽヽヽヽヽ、コリャどうする。」
 と、大騒ぎするうち、ようやくももひきの前の合わせ目を開くと、姶がぽったりと落ちた。

喜多「ハヽヽヽ、まずは御安産でおめでたい」

 膏薬はまだ入れねども 蛤のやけどにつけて詠む戯れ歌

 (火傷の薬の練り膏薬で蛤の貝殻に入れて売っているものがあった。その膏薬を焼き蛤の火傷につけるのが滑稽という趣向)